花房観音

セックスで快楽の芯に近づく時に「堕ちてゆく」という感覚がある。身も心も快感の波に呑まれ流され、遂には海の底に沈んでいく。それは理性を失わせもするし、社会性をも時には崩壊させるけれど、ひどく心地がよく、気づけば自ら堕ちることを望んでいる。 中世、紀州和歌山は補陀落渡海の地であった。補陀落渡海は捨身の修行であり、僧たちが船に乗り那智の浦より観音菩薩の住まう浄土である補陀落を目指すのだが、いずれは海の底に沈む生きながらにしての水葬だった。 『籠の鸚鵡』は、一九八〇年代の和歌山が舞台だ。主人公は町役場の出納室の室長・梶康男、四八歳の今まで妻ひと筋で子どもはいない。平凡で真面目な公務員である梶は、スナックに勤める女・カヨ子との出会いにより運命を大きく狂わされる。